あらたまの年の緒長く逢はざれど
異しき心を我が思はなくに
- 歌の意味
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長い年月にわたって逢わずにいるけれども、心変わりする気持ちなど、私は少しも抱いていないのに。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3775
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
長い年月逢わずにいても、心変わりなど少しもしていないと、宅守が娘子に誓った歌である。配流が年を越えて長引く中で、離れている時の長さが心の変化を招くのではないかという娘子の不安を打ち消している。下の句「異しき心を我が思はなくに」は、巻の前半で遣新羅使の夫が出発の際に妻に誓った本巻の第三千五百八十八首の下の句と同じであり、巻の前後半で離れて暮らす男の誓いが重なっている。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右二首中臣朝臣宅守」とあり、本巻の第三千七百七十五首と第三千七百七十六首の二首は宅守が娘子に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「あらたまの」 「年」「月」などにかかる枕詞である。
二句「年の緒長く」 「年の緒」は年の続きを緒にたとえた語で、長い年月の意である。
三句「逢はざれど」 「ざれ」は打消の「ず」の已然形で、逢わないでいるけれどもの意である。
四句「異しき心を」 「異し」は普通と違う意で、心変わりする心、浮気心を指す。
結句「我が思はなくに」 「なく」は打消の「ず」のク語法、「に」は詠嘆で、思ってもいないのにと結ぶ。本巻の第三千五百八十八首と同じ下の句である。
としのを:年の続きを緒にたとえた語、長い年月
あらたまの:「年」「月」などにかかる枕詞
- 作者
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中臣宅守
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が背子が帰り来まさむ時のため 命残さむ忘れたまふな
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今日もかも都なりせば見まく欲り 西の御馬屋の外に立てらまし