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今日もかも都なりせば見まく欲り
西の御馬屋の外に立てらまし

歌の意味
今日もまた、もし都にいたならば、あなたに逢いたくて、西の御馬屋の外に立っていたことだろうに。
鑑賞
巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3776

詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
 もし都にいたなら、今日もあなたに逢いたくて西の御馬屋の外に立っていただろうにと詠んだ歌である。西の御馬屋は宮中の馬寮のことで、娘子の仕える所の近くで逢える機会を待った、都での日々の具体的な思い出がうかがえる。かつての逢瀬の場所を思い起こすことで、今は逢えない身の上がいっそう切なく感じられる。
 作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
 左注に「右二首中臣朝臣宅守」とあり、本巻の第三千七百七十五首と第三千七百七十六首の二首は宅守が娘子に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。

 初句「今日もかも」 「か」は疑問、「も」は詠嘆で、今日もまたの意である。
 二句「都なりせば」 「せば」は結句の「まし」と呼応する反実仮想の条件で、もし都にいたならばの意である。
 三句「見まく欲り」 「見まく」は見ようとすること、「欲る」は望む意で、逢いたくての意である。
 四句「西の御馬屋の」 「御馬屋」は馬小屋のことで、ここでは宮中の西の馬寮を指す。
 結句「外に立てらまし」 「外」は外側、「ら」は存続、「まし」は反実仮想で、外に立っていただろうにと結ぶ。

みまや:馬小屋、ここでは宮中の馬寮
と:外、外側
作者
中臣宅守
出典
万葉集
前の歌
あらたまの年の緒長く逢はざれど 異しき心を我が思はなくに
次の歌
昨日今日君に逢はずてするすべの たどきを知らに音のみしぞ泣く