白栲の我が衣手を取り持ちて
斎へ我が背子直に逢ふまでに
- 歌の意味
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私の白い衣の袖を手に取って、身を慎んで祈っていてください、あなた。じかに逢えるその日まで。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3778
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
私の白い衣の袖を手に取って、身を慎んで祈っていてほしい、じかに逢う日までと宅守に願った歌である。形見として贈った衣を手に取り、再会を祈ることで二人の心をつなぎとめようとしている。結句「直に逢ふまでに」は、娘子の本巻の第三千七百五十一首や、巻の前半で遣新羅使の妻が詠んだ第三千五百八十四首と同じであり、衣を託して再会を待つ女の心が巻全体を通じて繰り返されている。宅守と娘子の贈答はこの歌で娘子の側が結ばれる。
作者の狭野弟上娘子は、宮中の蔵部に仕えた女嬬と呼ばれる下級の女官で、狭野茅上娘子とも記される。
左注に「右二首娘子」とあり、本巻の第三千七百七十七首と第三千七百七十八首の二首は娘子が宅守に贈った歌である。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「白栲の」 白い栲の布の意で、衣や袖にかかる枕詞である。
二句「我が衣手を」 「衣手」は袖のことで、娘子が形見として贈った衣の袖である。
三句「取り持ちて」 手に取っての意である。
四句「斎へ我が背子」 「斎ふ」は身を清め慎んで無事を祈る意で、その命令形。「我が背子」は夫への呼びかけで、ここで切れる四句切れである。
結句「直に逢ふまでに」 じかに逢うその日までの意で、本巻の第三千七百五十一首の結句と同じである。
しろたへ:白い栲の布、衣や袖にかかる枕詞
ころもで:袖
いはふ:身を清め慎んで神を祭り、無事を祈る
- 作者
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狭野弟上娘子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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昨日今日君に逢はずてするすべの たどきを知らに音のみしぞ泣く
- 次の歌
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我が宿の花橘はいたづらに 散りか過ぐらむ見る人なしに