我が宿の花橘はいたづらに
散りか過ぐらむ見る人なしに
- 歌の意味
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私の家の庭の橘の花は、むなしく散り過ぎてしまうのだろうか。見る人もいないままに。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3779
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
都の我が家の庭の橘の花が、見る人もないまま、むなしく散ってしまうのだろうかと思いやった歌である。主のいない家で咲いては散る花に、配流の身の嘆きを重ねている。花鳥に寄せた七首の最初の一首で、花を詠むのはこの一首のみである。巻の前半で遣新羅使の秦田麻呂が我が家の秋萩やすすきが散ったかと思いやった本巻の第三千六百八十一首と同じ趣向であり、家を離れた男の嘆きが巻の前後半で重なっている。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右七首中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌」とあり、本巻の第三千七百七十九首から第三千七百八十五首までの七首は、宅守が花や鳥に寄せて思いを述べた歌である。七首のうち六首がほととぎすを詠んでいる。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「我が宿の」 「宿」は家、家の庭のことで、都の宅守の家を指す。
二句「花橘は」 花の咲いた橘のことで、初夏に白い花を咲かせ、香りのよいことで知られた。
三句「いたづらに」 むなしく、無駄にの意である。
四句「散りか過ぐらむ」 「か」は疑問の係助詞で、結びは連体形「らむ」となる。散り過ぎてしまうのだろうかの意で、ここで切れる四句切れである。
結句「見る人なしに」 見る人もいないままにの意で、四句と倒置になっている。主のいない家の寂しさを示して結ぶ。
はなたちばな:花の咲いた橘
やど:家、家の庭
- 作者
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中臣宅守
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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白栲の我が衣手を取り持ちて 斎へ我が背子直に逢ふまでに
- 次の歌
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恋ひ死なば恋ひも死ねとや霍公鳥 物思ふ時に来鳴き響むる