旅にして物思ふ時に霍公鳥
もとなな鳴きそ我が恋まさる
- 歌の意味
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旅の身で物思いに沈んでいる時に、ほととぎすよ、むやみに鳴かないでおくれ。私の恋しさがつのるから。
- 鑑賞
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巻第十五 中臣宅守狭野弟上娘子贈答歌 3781
詞書は前の歌に続き「中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子と贈答する歌」
旅の身で物思いをしている時に、むやみに鳴かないでくれ、恋しさがつのるからと、ほととぎすに呼びかけた歌である。前歌がほととぎすの鳴き声を恨むように詠んだのに対し、本歌は鳴かないでくれと直接に頼んでいる。配流の境遇をここでも「旅」と呼んでいる。
作者の中臣宅守は中臣東人の子で、神祇を司る中臣氏の出である。罪を得て越前国に配流されたが、のちに赦されて都に戻った。
左注に「右七首中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌」とあり、本巻の第三千七百七十九首から第三千七百八十五首までの七首は、宅守が花や鳥に寄せて思いを述べた歌である。七首のうち六首がほととぎすを詠んでいる。本巻の後半には、中臣宅守と狭野弟上娘子とが交わした贈答歌六十三首が収められている。巻の目録によれば、宅守が蔵部の女嬬であった娘子を娶った時に、勅によって越前国に配流されたという。配流の地は越前国の味真野、現在の福井県越前市付近とされる。
初句「旅にして」 旅にあっての意で、配流の境遇を旅と呼んでいる。
二句「物思ふ時に」 物思いに沈んでいる時にの意で、前歌第三千七百八十首の四句と同じである。
三句「霍公鳥」 ほととぎすへの呼びかけである。
四句「もとなな鳴きそ」 「もとな」はむやみに、わけもなくの意、「な〜そ」は禁止で、むやみに鳴かないでくれの意。ここで切れる四句切れである。
結句「我が恋まさる」 「まさる」は増す、つのる意で、私の恋しさがつのるからと理由を添えて結ぶ。
まさる:増す、つのる
- 作者
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中臣宅守
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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恋ひ死なば恋ひも死ねとや霍公鳥 物思ふ時に来鳴き響むる
- 次の歌
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雨隠り物思ふ時に霍公鳥 我が住む里に来鳴き響もす