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妹が名に懸けたる桜花咲かば
常にや恋ひむいや年のはに

歌の意味
いとしい人の名に結びつけた桜の花が咲いたなら、いつも恋い慕うことだろうか、毎年毎年いよいよ。
鑑賞
巻第十六 有由縁并雑歌 3787

詞書は前の歌に続き「おのもおのも心緒を陳べて作る歌二首」
 いとしい娘子の名にゆかりのある桜が咲くたびに、これから先も年ごとに恋い慕い続けるだろうと詠む歌である。前歌が花の散った今を嘆くのに対し、この歌は毎年めぐってくる花の季節に思いを向け、尽きることのない追慕を述べている。
 前歌と同じく、桜児をめぐって争った二人の壮士の一人の作であり、二首で娘子の死を悼む一組となっている。
 作者は桜児に求婚した二人の壮士で、名は伝わらない。巻第十六の冒頭を飾る「由縁ある歌」の一首目であり、歌の背景となる物語が題詞に漢文で記されている。

 初句「妹が名に」は、いとしい人の名に、の意である。「妹」は男性が恋人や妻を親しんで呼ぶ語で、ここでは桜児を指す。
 二句「懸けたる桜」は、名を結びつけた桜、の意である。娘子の名「桜児」が桜にちなむことをいう。前歌の第三千七百八十六首の「桜の花は」を受け、同じ花を別の角度から詠んでいる。
 三句「花咲かば」は、花が咲いたならば、の意である。前歌が「散りにけるかも」と散った花を詠んだのと対をなし、散ると咲くの反転した構図をつくっている。
 四句「常にや恋ひむ」は、いつも恋い慕うことだろうか、の意である。係助詞「や」と推量の助動詞「む」の連体形が係り結びとなり、ここで句切れとなる四句切れの歌である。
 結句「いや年のはに」は、いよいよ毎年ごとに、の意である。倒置によって四句の「恋ひむ」に係り、一日の嘆きを歳月の追慕へと広げている。

としのは:毎年、年ごと
かく:名を結びつける、名にちなませる
出典
万葉集
前の歌
春さらばかざしにせむと我が思ひし 桜の花は散りにけるかも
次の歌
耳成の池し恨めし我妹子が 来つつ潜かば水は涸れなむ