死なばこそ相見ずあらめ生きてあらば
白髪子らに生ひずあらめやも
- 歌の意味
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死んでしまえばこそ見ずにすむだろうが、生きていれば、娘たちよ、あなたたちにも白髪が生えずにいることがあろうか、いや、きっと生えるのだ。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3792
詞書は長歌の第三千七百九十一首に続き「反歌二首」
若い娘たちに向かって、早く死ねば見ずにすむが、生きていればあなたたちにもきっと白髪が生えると戒める歌である。老いを笑われた翁が、老いは誰にも訪れるものだと切り返している。
竹取翁の物語は長歌の題詞に記されている。晩春に丘に登った竹取翁が、羹を煮る九人の娘子に出会い、からかわれて火を吹かされる。翁は思いがけず神仙に逢ったと詫び、長歌一首と反歌二首を作って無礼を償った。これに娘子たちが九首の歌で和している。
作者の竹取翁は、竹を取って暮らす老人として語られる伝承上の人物である。後の『竹取物語』の竹取の翁と名が通じることから、物語の源流の一つとして注目されてきた。
初句「死なばこそ」は、死んだならばこそ、の意である。係助詞「こそ」が二句の「あらめ」と係り結びをつくり、死という例外を強く取り立てている。
二句「相見ずあらめ」は、目にすることもないだろうが、の意である。「め」は推量の「む」の已然形で、こそを受けた結びとして逆接的に下へ続いていく。
三句「生きてあらば」は、生きているならば、の意である。初句の「死なば」と対をなし、生と死を並べて老いの避けがたさを示している。
四句「白髪子らに」は、白髪があなたたちに、の意である。「子ら」は九人の娘子を親しんで呼ぶ語で、次歌の第三千七百九十三首も同じ「子らに」を受け継いでいる。
結句「生ひずあらめやも」は、生えずにいることがあろうか、いや生える、の意である。「やも」が反語を表し、字余りの結句に翁の強い言い切りがこもる。
しろかみ:白髪
おふ:(髪や草木が)生える
- 作者
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竹取翁
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あしひきの玉縵の子今日のごと いづれの隈を見つつ来にけむ
- 次の歌
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白髪し子らに生ひなばかくのごと 若けむ子らに罵らえかねめや