かくのみにありけるものを猪名川の
沖を深めて我が思へりける
- 歌の意味
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これほどはかない仲であったのに、猪名川の沖が深いように、私は心深く思い続けていたことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3804
詞書「昔者壮士有り。新たに婚礼を成す。未だ幾時も経ねば、忽ちに駅使となりて遠き境に遣はさる。公事限り有り、会期日無し。ここに娘子、感慟悽愴して疾疢に沈み臥す。年を累ぬる後に、壮士還り来て覆命既に了る。すなはち詣りて相視るに、娘子の姿容の疲羸甚だ異にして、言語哽咽す。時に壮士、哀嘆して涙を流し、歌を裁りて口号ぶ。その歌一首」
こんなにもはかない仲であったのに、自分は猪名川の深い淵のように深く思い続けていたと嘆く歌である。久しぶりに再会した妻のやつれ果てた姿を前に、離れていた年月の重さを悔やむ夫の悲しみが表れている。
題詞によれば、結婚して間もなく駅使として遠方に遣わされた男が、何年も後に帰って妻に会うと、妻は嘆きのあまり病みやつれ、言葉も詰まるほどであったという。次歌の第三千八百五首は、病床の妻がこれに答えた歌である。
作者は伝承中の壮士で、名は伝わらない。
初句「かくのみに」は、これほどのものに過ぎない、の意で、二人の仲のはかなさを嘆いている。
二句「ありけるものを」は、あったのに、の意である。逆接の詠嘆「ものを」が、取り返しのつかない思いを表す。
三句「猪名川の」は、摂津国の猪名川をいう。四句の「沖を深めて」を導く序の役割を果たしている。
四句「沖を深めて」は、沖の深いように心を深くして、の意である。川の深さに心の深さを重ねている。
結句「我が思へりける」は、私は思い続けていたことだ、の意である。「わがもへりける」と縮約して読み、詠嘆の「けり」の連体形で結んで余韻を残している。
ゐながは:摂津国を流れる川。現在の兵庫県と大阪府の境を流れる
ふかむ:深くする、心深く思う
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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隠りのみ恋ふれば苦し山の端ゆ 出でくる月の顕さばいかに
- 次の歌
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ぬばたまの黒髪濡れて沫雪の 降るにや来ますここだ恋ふれば