ぬばたまの黒髪濡れて沫雪の
降るにや来ますここだ恋ふれば
- 歌の意味
-
黒髪を濡らして、沫雪の降る中をおいでくださったのでしょうか。私がこんなにもひどく恋い慕っていたので。
- 鑑賞
-
巻第十六 有由縁并雑歌 3805
詞書「娘子臥して夫君の歌を聞き、枕より頭を挙げ、声に応へて和ふる歌一首」
黒髪を雪に濡らしながら、降りしきる沫雪の中を来てくださったのか、私がこんなにも恋い慕っていたから、と夫に答える歌である。病に伏した妻が、帰ってきた夫への喜びと長い恋しさを、か細い声で精一杯に伝えている。
題詞によれば、病床の娘子が夫の歌を聞き、枕から頭を上げて声に応じて詠んだという。左注には、夫が使いとして長年を経て帰った時が雪の降る冬であったので、娘子が沫雪の句を詠んだのであろうと記されている。前歌の第三千八百四首と贈答の一組をなす。
作者は伝承中の娘子で、名は伝わらない。
初句「ぬばたまの」は、「黒」にかかる枕詞である。
二句「黒髪濡れて」は、黒髪を濡らして、の意である。夫が雪に濡れて駆けつけた姿を思い描いている。
三句「沫雪の」は、泡のように柔らかく消えやすい雪の、の意である。左注は帰還が冬であったことからこの句が生まれたかと推測している。
四句「降るにや来ます」は、降る中をおいでになったのでしょうか、の意である。係助詞「や」が疑問を表し、ここで句切れとなる。
結句「ここだ恋ふれば」は、こんなにもひどく恋い慕っていたので、の意である。倒置によって四句の理由を示し、前歌の夫の「我が思へりける」に、妻の側の恋しさで応えている。
ぬばたまの:「黒」「夜」などにかかる枕詞
あわゆき:泡のように柔らかく、消えやすい雪
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
かくのみにありけるものを猪名川の 沖を深めて我が思へりける
- 次の歌
-
事しあらば小泊瀬山の石城にも 隠らばともにな思ひそ我が背