かるうすは田ぶせの本に我が背子は
にふぶに笑みて立ちませり見ゆ
- 歌の意味
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かるうすは田の番小屋のもとにあって、私のいとしい人は、にこにこと笑って立っていらっしゃるのが見える。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3817
詞書はなく、次歌に付された左注に「右の歌二首、河村王、宴居の時に琴を弾きて、すなはちまづこの歌を誦み、もちて常の行とす」とある
田の番小屋のそばで、いとしい人がにこにこと笑って立っている姿が見えると詠む歌である。農作業の場に立つ恋人の笑顔を描いた、民謡風の明るい一首である。
左注によれば、河村王は宴席で琴を弾くとき、まずこの歌と次の歌を口ずさむのを常としたという。河村王自身の作というより、愛誦した歌と考えられる。なお訓読の末尾には「田廬はたぶせの反」という読み方の注記があり、歌の本文ではないので除いた。
作者の河村王は伝未詳の王族で、宝亀年間に従五位下を授けられた河村王と同一人物とする説がある。
初句「かるうすは」は、足で踏んでつく臼のことかとされるが、意味は定まらない。
二句「田ぶせの本に」は、田の番小屋のもとに、の意である。「田ぶせ」は田のそばに建てた仮小屋をいう。
三句「我が背子は」は、私のいとしい人は、の意で、女性の立場から男性を呼ぶ語である。
四句「にふぶに笑みて」は、にこにこと笑って、の意である。「にふぶに」は笑みのこぼれるさまを表す。
結句「立ちませり見ゆ」は、立っていらっしゃるのが見える、の意である。六音の字余りで、「見ゆ」の終止形で言い切って、目に浮かぶ姿を生き生きと伝えている。
たぶせ:田のそばに建てた番小屋
かるうす:足で踏んで米をつく臼(唐臼)とする説などがあり、意味は定まらない
- 作者
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河村王(誦詠)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家にありし櫃にかぎさし蔵めてし 恋の奴のつかみかかりて
- 次の歌
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朝霞鹿火屋が下の鳴くかはづ 偲ひつつありと告げむ子もがも