- 歌の意味
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夕立の雨がさっと降ると、春日野のすすきの穂先に置く白露のことが思われる。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3819
詞書はなく、次歌に付された左注に「右の歌二首、小鯛王、宴居の日に琴を取れば、登時必ずまづこの歌を吟詠す。その小鯛王は、更の名を置始多久美といふ、この人なり」とある
夕立が降ると、春日野のすすきの穂先に置く白露が思い浮かぶと詠む歌である。雨の音を聞きながら、遠い野の露のきらめきに思いを馳せる、すがすがしい叙景の一首である。
左注によれば、小鯛王は宴の日に琴を手に取ると、必ずまずこの歌と次の歌を吟詠したという。また小鯛王は別名を置始多久美といったと記されている。
作者の小鯛王は伝未詳の人物で、左注に別名を置始多久美というとある。置始多久美は、巻第三の題詞に名の見える置始東人の一族とも考えられている。
巻第十の第二千百六十九首に「夕立の雨降るごとに春日野の尾花が上の白露思ほゆ」があり、ほぼ同じ形の歌が伝わっている。
初句「夕立の」は、夕方に急に降る雨の、の意である。
二句「雨うち降れば」は、雨がさっと降ると、の意である。「うち」は動作の勢いを添える接頭語である。
三句「春日野の」は、奈良の都の東にある春日野をいう。
四句「尾花が末の」は、すすきの穂先の、の意である。
結句「白露思ほゆ」は、白露が思われる、の意である。「思ほゆ」は自然に思われることをいい、目の前の雨から遠い野の白露へと思いを移している。
をばな:穂の出たすすき
うれ:草木の先端、こずえ
- 作者
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小鯛王(誦詠)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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朝霞鹿火屋が下の鳴くかはづ 偲ひつつありと告げむ子もがも
- 次の歌
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夕づく日さすや川辺に作る屋の 形をよろしみうべ寄そりけり