蓮葉はかくこそあるもの意吉麻呂が
家なるものは芋の葉にあらし
- 歌の意味
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蓮の葉とは、このようなものであるのだなあ。それに比べて、意吉麻呂の家にあるものは、里芋の葉であるらしい。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3826
詞書「荷葉を詠む歌」
宴席の蓮の葉を見て、蓮の葉とはこういうものか、我が家にあるのは里芋の葉であるらしいと詠む歌である。自分の名を出して我が家を卑下し、宴の主人をたたえるとともに、座の笑いを誘っている。
長意吉麻呂の歌八首の一首で、宴席で即興に物の名を詠み込んだ戯れの歌である。題に示されたいくつもの物を一首の中に巧みに詠み込む機知が見どころである。宴では蓮の葉を器として料理を盛ったとされ、その葉を題材にしている。
作者の長意吉麻呂は持統天皇、文武天皇の時代の宮廷歌人で、長忌寸の姓を持つ。行幸に従った歌や、物名を詠み込んだ即興の歌を多く残している。
初句「蓮葉は」は、蓮の葉は、の意で、題の荷葉を詠み込んでいる。本巻の第三千八百三十七首も宴の蓮葉を詠み、同じ題材を扱っている。
二句「かくこそあるもの」は、このようなものであるのだ、の意で、ここで句切れとなる。目の前の見事な蓮の葉に感嘆している。
三句「意吉麻呂が」は、作者自身の名で、自分を三人称で呼ぶことで滑稽味を出している。
四句「家なるものは」は、家にあるものは、の意である。
結句「芋の葉にあらし」は、里芋の葉であるらしい、の意である。蓮と芋の葉の形の似ているところを捉え、推定の「らし」でおどけて結んでいる。
はちすば:蓮の葉
うも:里芋
- 作者
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長意吉麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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食薦敷き青菜煮て来む梁に むかばき懸けて休むこの君
- 次の歌
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一二の目のみにはあらず五六三 四さへありけり双六のさえ