一二の目のみにはあらず五六三
四さへありけり双六のさえ
- 歌の意味
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一や二の目だけではない。五、六、三、さらには四の目まであったことだ、双六のさいころには。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3827
詞書「双六の頭を詠む歌」
双六のさいころには、一や二の目だけでなく、五、六、三、四の目まであると詠む歌である。人の目は一つか二つだが、さいころには六つの目があるという発見をおどけて詠んだもので、数字を並べた奇抜な趣向が見どころである。
長意吉麻呂の歌八首の一首で、宴席で即興に物の名を詠み込んだ戯れの歌である。題に示されたいくつもの物を一首の中に巧みに詠み込む機知が見どころである。
作者の長意吉麻呂は持統天皇、文武天皇の時代の宮廷歌人で、長忌寸の姓を持つ。行幸に従った歌や、物名を詠み込んだ即興の歌を多く残している。
初句「一二の目」は、一と二の目、の意である。人の目が一つや二つであることも思わせ、言葉遊びの起点となっている。
二句「のみにはあらず」は、だけではない、の意で、ここで句切れとなる。
三句「五六三」は、五、六、三の目をいう。数字だけで一句を成す、他に例を見ない大胆な表現である。
四句「四さへありけり」は、四の目まであったことだ、の意である。「けり」は気づきの詠嘆で、一から六までの目がすべて詠み込まれる。
結句「双六のさえ」は、双六のさいころ、の意である。体言止めで題を明かして結び、謎解きのような構成となっている。
すぐろく:盤上でさいころを振って駒を進める遊戯
さえ:さいころ(采)
- 作者
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長意吉麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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蓮葉はかくこそあるもの意吉麻呂が 家なるものは芋の葉にあらし
- 次の歌
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香塗れる塔にな寄りそ川隈の 屎鮒食めるいたき女奴