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荒雄らを来むか来じかと飯盛りて
門に出で立ち待てど来まさず

歌の意味
荒雄が帰って来るか来ないかと、飯を盛って門に出て待っているけれど、帰っていらっしゃらない。
鑑賞
巻第十六 有由縁并雑歌 3861

詞書は前の歌に続き「筑前国の志賀の白水郎の歌十首」
 荒雄が帰るか帰らないかと、食事を用意して門に立って待っているが、帰って来ないと詠む歌である。夫の帰りを信じて日々の食事を用意し続ける妻の姿が、素朴な言葉で痛切に描かれている。
 左注によれば、神亀年間に大宰府が筑前国宗像郡の宗形部津麻呂を対馬へ食糧を送る船の舵取りに任じた。老いて海路に耐えられない津麻呂は、志賀村の海人荒雄に交代を頼み、荒雄は兄弟より篤い友情から快く引き受けた。荒雄は肥前国松浦の美祢良久の崎から対馬へ船出したが、たちまち空が暗くなり暴風雨となって、海中に沈んでしまった。残された妻子が慕う思いに耐えかねてこの歌を作ったとも、筑前守山上憶良が妻子の悲しみを思いやって作ったともいう。
 作者は左注に一説として示される山上憶良で、遣唐使に随行して唐に渡り、筑前守を務めた。人生の苦しみや家族への情を詠んだ歌で知られる。歌は荒雄の妻子の立場で詠まれている。

 初句「荒雄らを」は、荒雄を、の意である。
 二句「来むか来じかと」は、帰って来るか来ないかと、の意である。「来む」と「来じ」を対にして、期待と不安の間で揺れる心を表している。
 三句「飯盛りて」は、飯を盛って、の意である。旅に出た人のために陰膳を供える習俗に通じる。
 四句「門に出で立ち」は、門に出て立って、の意である。
 結句「待てど来まさず」は、待っているけれど帰っていらっしゃらない、の意である。本巻の第三千八百六十五首も同じ結句であり、ここでの一日の待ちが、そこでは八年の待ちへと広がっている。

いひ:飯
かど:家の門、門口
作者
山上憶良(一説)
出典
万葉集
前の歌
大君の遣はさなくにさかしらに 行きし荒雄ら沖に袖振る
次の歌
志賀の山いたくな伐りそ荒雄らが よすかの山と見つつ偲はむ