荒雄らが行きにし日より志賀の海人の
大浦田沼は寂しくもあるか
- 歌の意味
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荒雄が出かけて行った日から、志賀の海人の住む大浦田沼は、寂しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3863
詞書は前の歌に続き「筑前国の志賀の白水郎の歌十首」
荒雄が出かけて行ったその日から、志賀の海人の里である大浦田沼は寂しくなってしまったと詠む歌である。荒雄一人がいなくなっただけで、里全体が寂しく感じられる喪失感が表れている。
左注によれば、神亀年間に大宰府が筑前国宗像郡の宗形部津麻呂を対馬へ食糧を送る船の舵取りに任じた。老いて海路に耐えられない津麻呂は、志賀村の海人荒雄に交代を頼み、荒雄は兄弟より篤い友情から快く引き受けた。荒雄は肥前国松浦の美祢良久の崎から対馬へ船出したが、たちまち空が暗くなり暴風雨となって、海中に沈んでしまった。残された妻子が慕う思いに耐えかねてこの歌を作ったとも、筑前守山上憶良が妻子の悲しみを思いやって作ったともいう。
作者は左注に一説として示される山上憶良で、遣唐使に随行して唐に渡り、筑前守を務めた。人生の苦しみや家族への情を詠んだ歌で知られる。歌は荒雄の妻子の立場で詠まれている。
初句「荒雄らが」は、荒雄が、の意である。
二句「行きにし日より」は、出かけて行った日から、の意である。完了の「ぬ」と過去の「き」で、荒雄の旅立ちを過ぎ去った出来事として示している。
三句「志賀の海人の」は、志賀の海人の、の意である。六音の字余りである。
四句「大浦田沼は」は、志賀島の地名とされる大浦田沼は、の意である。
結句「寂しくもあるか」は、寂しいことだ、の意である。「か」は詠嘆で、荒雄のいない里の寂しさを深く嘆いている。
おほうらたぬ:志賀島の地名とされる
あま:海で漁をする人、海人
- 作者
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山上憶良(一説)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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志賀の山いたくな伐りそ荒雄らが よすかの山と見つつ偲はむ
- 次の歌
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官こそさしても遣らめさかしらに 行きし荒雄ら波に袖振る