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官こそさしても遣らめさかしらに
行きし荒雄ら波に袖振る

歌の意味
役所こそ名指しして遣わしもしようが、自分から進んで出かけて行った荒雄が、波間で袖を振っている。
鑑賞
巻第十六 有由縁并雑歌 3864

詞書は前の歌に続き「筑前国の志賀の白水郎の歌十首」
 役所が名指しして遣わしたならともかく、自分から進んで行った荒雄が、波の上で袖を振っていると詠む歌である。一連の冒頭の歌とほぼ同じ内容を繰り返し、荒雄の死を受け入れきれない妻の悲しみを強めている。
 左注によれば、神亀年間に大宰府が筑前国宗像郡の宗形部津麻呂を対馬へ食糧を送る船の舵取りに任じた。老いて海路に耐えられない津麻呂は、志賀村の海人荒雄に交代を頼み、荒雄は兄弟より篤い友情から快く引き受けた。荒雄は肥前国松浦の美祢良久の崎から対馬へ船出したが、たちまち空が暗くなり暴風雨となって、海中に沈んでしまった。残された妻子が慕う思いに耐えかねてこの歌を作ったとも、筑前守山上憶良が妻子の悲しみを思いやって作ったともいう。
 作者は左注に一説として示される山上憶良で、遣唐使に随行して唐に渡り、筑前守を務めた。人生の苦しみや家族への情を詠んだ歌で知られる。歌は荒雄の妻子の立場で詠まれている。

 初句「官こそ」は、役所こそ、の意である。係助詞「こそ」が二句の「め」と係り結びをつくる。本巻の第三千八百六十首の初句「大君の」を「官こそ」と言い換えている。
 二句「さしても遣らめ」は、名指しして遣わしもしようが、の意である。「こそ~め」の係り結びが逆接の意を含み、三句以下へと続く。
 三句「さかしらに」は、自分から進んで、の意で、第三千八百六十首の三句と同じである。
 四句「行きし荒雄ら」は、出て行った荒雄が、の意で、これも第三千八百六十首と同じ句である。
 結句「波に袖振る」は、波間で袖を振っている、の意である。第三千八百六十首の結句「沖に袖振る」の「沖」を「波」に替え、同じ型で一連を呼応させている。

つかさ:役所、官人
さす:名指しする、指名する
作者
山上憶良(一説)
出典
万葉集
前の歌
荒雄らが行きにし日より志賀の海人の 大浦田沼は寂しくもあるか
次の歌
荒雄らは妻子の業をば思はずろ 年の八年を待てど来まさず