昨日こそ船出はせしか鯨魚取り
比治奇の灘を今日見つるかも
- 歌の意味
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つい昨日船出をしたばかりなのに、もう今日は比治奇の灘を見たことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 3893
詞書は前の歌に続き「天平二年庚午冬十一月、大宰帥大伴卿、大納言に任ぜられ(帥を兼ぬること旧のごとし)京に上る時に、傔従等、別に海路を取りて京に入る。ここに羇旅を悲傷し、各所心を陳べて作る歌十首」
昨日船出したばかりなのに、今日はもう比治奇の灘を目にしている、と船旅の速さへの驚きを詠んだ歌である。天平二年(730)、大宰帥大伴旅人が大納言に任じられて帰京した際、従者たちは陸路の旅人とは別に海路で都へ向かい、その旅の悲しみを十首に詠んだ。筑紫を離れて関門海峡近くの響灘に至った時の作と見られ、「昨日」と「今日」を対比させて、旅の進み具合と遠ざかる筑紫への思いを表している。
作者は左注に姓名不詳とあり、旅人に従って海路を上った傔従の一人である。
初句「昨日こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、二句の「しか」(過去の助動詞「き」の已然形)で結ぶ係り結びである。ほかならぬ昨日、という強調となる。
二句「船出はせしか」は、船出をしたのだが、の意で、已然形で結んだうえで下へ逆接的に続いていく。ここで句切れとなる。
三句「鯨魚取り」は海や浜、灘にかかる枕詞である。鯨を捕るところの意から海を導く。
四句「比治奇の灘を」の比治奇の灘は現在の響灘とされ、山口県と福岡県北部の間の海である。
結句「今日見つるかも」は、今日見たことだなあ、の意で、「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形、「かも」は詠嘆である。初句の「昨日」と対になる「今日」を置き、時の流れの速さを印象づけている。
いさなとり:海や浜、灘にかかる枕詞
ひぢきのなだ:現在の響灘とされる海域
なだ:波が荒く航海の難しい海
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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磯ごとに海人の釣舟泊てにけり 我が船泊てむ磯の知らなく
- 次の歌
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淡路島門渡る船の楫間にも 我れは忘れず家をしぞ思ふ