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淡路島門渡る船の楫間にも
我れは忘れず家をしぞ思ふ

歌の意味
淡路島の海峡を渡る船の楫を漕ぐわずかな合間にも、私は忘れることなく家を思っている。
鑑賞
巻第十七 3894

詞書は前の歌に続き「天平二年庚午冬十一月、大宰帥大伴卿、大納言に任ぜられ(帥を兼ぬること旧のごとし)京に上る時に、傔従等、別に海路を取りて京に入る。ここに羇旅を悲傷し、各所心を陳べて作る歌十首」
 淡路島の瀬戸を渡る船の、楫を漕ぐほんのわずかな合間にも家を忘れず思っている、と家郷への思いの絶え間なさを詠んだ歌である。天平二年(730)、大宰帥大伴旅人が大納言に任じられて帰京した際、従者たちは陸路の旅人とは別に海路で都へ向かい、その旅の悲しみを十首に詠んだ。瀬戸内海を東へ進み、都に近い淡路の海峡に至った時の作と見られる。都が近づくほどに家への思いがつのる心情がうかがえる。
 作者は左注に姓名不詳とあり、旅人に従って海路を上った傔従の一人である。

 初句「淡路島」は淡路島で、二句の「門」と合わせて淡路島と本州の間の海峡、すなわち明石海峡を指すと見られる。
 二句「門渡る船の」の「門」は海峡や瀬戸のことで、潮の流れの速い難所である。
 三句「楫間にも」は楫を漕ぐ一かきと一かきの間のことで、ほんのわずかな間にも、の意である。上三句は楫間の短さを具体的に示す序となっている。
 四句「我れは忘れず」は、私は忘れない、の意で、ここでいったん切れ、結句で忘れないものの中身を示す倒置的な構成となる。
 結句「家をしぞ思ふ」の「し」は強意の副助詞、「ぞ」は係助詞で、「思ふ」の連体形で結ぶ係り結びである。次歌の第三千八百九十五首も同じ「家をしぞ思ふ」で結び、一連の中で家郷への思いが繰り返し歌われている。

と:海峡。潮の流れが速く狭い水路
かぢま:楫を漕ぐ合間。ほんのわずかな時間
出典
万葉集
前の歌
昨日こそ船出はせしか鯨魚取り 比治奇の灘を今日見つるかも
次の歌
たまはやす武庫の渡りに天伝ふ 日の暮れ行けば家をしぞ思ふ