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たまはやす武庫の渡りに天伝ふ
日の暮れ行けば家をしぞ思ふ

歌の意味
武庫の渡し場で、空を伝う日が暮れてゆくので、家のことばかりが思われる。
鑑賞
巻第十七 3895

詞書は前の歌に続き「天平二年庚午冬十一月、大宰帥大伴卿、大納言に任ぜられ(帥を兼ぬること旧のごとし)京に上る時に、傔従等、別に海路を取りて京に入る。ここに羇旅を悲傷し、各所心を陳べて作る歌十首」
 武庫の渡し場で日が暮れていくにつれて、家のことがしきりに思われる、と夕暮れの旅愁を詠んだ歌である。天平二年(730)、大宰帥大伴旅人が大納言に任じられて帰京した際、従者たちは陸路の旅人とは別に海路で都へ向かい、その旅の悲しみを十首に詠んだ。摂津の武庫に着いた時の作と見られ、都を目前にしながら日暮れに家を恋うる心が素直に表されている。
 作者は左注に姓名不詳とあり、旅人に従って海路を上った傔従の一人である。

 初句「たまはやす」は武庫にかかる枕詞であるが、かかり方は未詳である。
 二句「武庫の渡りに」の武庫は現在の兵庫県の武庫川河口付近で、「渡り」は渡し場、船の発着する所である。
 三句「天伝ふ」は空を伝って行く意で、日にかかる枕詞である。初句と三句にそれぞれ枕詞を置き、調べを整えている。
 四句「日の暮れ行けば」は已然形に「ば」が付いた確定条件で、日が暮れてゆくので、の意である。夕暮れは旅人が家を思う時とされた。
 結句「家をしぞ思ふ」は前歌の第三千八百九十四首と同じ結句で、「ぞ」と連体形「思ふ」による係り結びである。前歌が楫間という瞬間を、本歌が日暮れという一日の終わりを捉え、ともに家を思う心へと収束させている。

たまはやす:武庫にかかる枕詞。かかり方は未詳
あまづたふ:日にかかる枕詞
わたり:渡し場。船の発着する所
出典
万葉集
前の歌
淡路島門渡る船の楫間にも 我れは忘れず家をしぞ思ふ
次の歌
家にてもたゆたふ命波の上に 思ひし居れば奥か知らずも