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家にてもたゆたふ命波の上に
思ひし居れば奥か知らずも

歌の意味
家にいても揺れ定まらない命なのに、こうして波の上で物思いをしていると、行く末もわからないことだ。
鑑賞
巻第十七 3896

詞書は前の歌に続き「天平二年庚午冬十一月、大宰帥大伴卿、大納言に任ぜられ(帥を兼ぬること旧のごとし)京に上る時に、傔従等、別に海路を取りて京に入る。ここに羇旅を悲傷し、各所心を陳べて作る歌十首」
 家にいてさえ定めのない命であるのに、波の上で物思いに沈んでいると、この先どうなるのか果ても知れない、と船旅の不安を詠んだ歌である。天平二年(730)、大宰帥大伴旅人が大納言に任じられて帰京した際、従者たちは陸路の旅人とは別に海路で都へ向かい、その旅の悲しみを十首に詠んだ。揺れる船上の身と、はかない命の頼りなさとを重ね合わせ、漂泊の心細さを深く表している。
 作者は左注に姓名不詳とあり、旅人に従って海路を上った傔従の一人である。
 本文の四句には「浮きてし居れば」とする異伝が注記されている。波の上に浮いていると、の意で、船上の頼りなさをより直接に表した形である。

 初句「家にても」は、家にいても、の意で、「も」が安全なはずの家でさえ、という含みを添えている。
 二句「たゆたふ命」の「たゆたふ」は揺れ動いて定まらない意で、人の命の不安定さを表す。船の揺れを思わせる語で、下の「波の上に」と響き合っている。
 三句「波の上に」は船に乗って海上にあることをいい、家と波の上とが対比されている。
 四句「思ひし居れば」の「し」は強意の副助詞で、物思いをしていると、の意である。異伝では「浮きてし居れば」とする。
 結句「奥か知らずも」の「奥か」は行く先の果て、将来のことで、それもわからないことだ、という詠嘆である。次歌の第三千八百九十七首も「大海の奥かも知らず」と同じ語を用い、二首が「奥か」で連なっている。

たゆたふ:揺れ動いて定まらない
おくか:奥まった果て。行く末、将来
出典
万葉集
前の歌
たまはやす武庫の渡りに天伝ふ 日の暮れ行けば家をしぞ思ふ
次の歌
大海の奥かも知らず行く我れを いつ来まさむと問ひし子らはも