御園生の百木の梅の散る花し
天に飛び上がり雪と降りけむ
- 歌の意味
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御園の数多くの梅の木から散る花が、天に飛び上がって雪となって降ったのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 3906
詞書は前の歌に続き「大宰の時の梅花に追ひて和ふる新しき歌六首」
御園の数多くの梅から散った花が天に舞い上がり、雪となって降ったのだろう、と梅花の宴の光景を想像した歌である。天平十二年(740)十二月九日、大伴書持が、かつて天平二年(730)正月に大宰府の旅人邸で催された梅花の宴の歌、巻第五の第八百十五首から第八百四十六首までの三十二首に追和して作った六首の一つである。宴から十年を経て、その主であった父旅人もすでに世を去っており、往時の宴を偲ぶ心が底に流れている。本歌は六首の結びにあたり、宴の主人旅人が詠んだ落梅を雪に見立てる歌を受けて、その情景を新たに思い描いている。
作者の大伴書持は大伴旅人の子で、家持の弟である。天平十八年(746)に若くして世を去った。
左注に「右、十二年十二月九日に大伴宿祢書持作る」とある。
初句「御園生の」の「御」は美称、「園生」は庭園の意で、旅人邸の梅の園を指す。
二句「百木の梅の」の「百木」は多くの木の意で、園に咲き満ちる梅を表す。
三句「散る花し」の「し」は強意の副助詞で、散っていく花こそが、と主語を強めている。
四句「天に飛び上がり」は散る花が空へ舞い上がるさまで、字余り(八音)である。
結句「雪と降りけむ」の「けむ」は過去推量の助動詞で、雪となって降ったのだろう、の意である。梅花の宴で旅人が詠んだ巻第五の第八百二十二首の「我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」を踏まえ、落梅を雪に見立てる趣向を継いでいる。冒頭の第三千九百一首の「み冬継ぎ」と呼応し、六首を冬の雪の面影で閉じている。
みそのふ:庭園の美称
ももき:多くの木
- 作者
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大伴書持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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遊ぶ内の楽しき庭に梅柳 折りかざしてば思ひなみかも
- 次の歌
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たたなめて泉の川の水脈絶えず 仕へまつらむ大宮ところ