玉に貫く楝を家に植ゑたらば
山霍公鳥離れず来むかも
- 歌の意味
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薬玉に通す楝を家に植えたならば、山の霍公鳥が絶えずやって来るだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 3910
詞書は前の歌に続き「霍公鳥を詠む歌二首」
薬玉に通す楝の木を家に植えたなら、山の霍公鳥が絶えず通って来るだろうか、と霍公鳥を待ち望む心を詠んだ歌である。前歌に続いて、奈良の旧宅から恭仁京の兄家持に贈ったもので、家持は返歌の第三千九百十三首で楝の枝に宿る霍公鳥を詠んで答えている。
作者の大伴書持は大伴旅人の子で、家持の弟である。天平十八年(746)に若くして世を去った。
左注に「右、四月二日に大伴宿祢書持、奈良の宅より兄家持に贈る」とある。
初句「玉に貫く」は、五月の節句に薬玉として糸に通す、の意である。本巻の第三千九百八十四首も「玉に貫く花橘を」と同じ句で歌い起こしている。
二句「楝を家に」の楝はセンダンの古名で、初夏に薄紫の花を咲かせる木である。
三句「植ゑたらば」は、植えたならば、の意で、完了の助動詞「たり」の未然形に「ば」が付いた仮定条件である。
四句「山霍公鳥」は山にいる霍公鳥で、里に下りて鳴くことが待たれた。
結句「離れず来むかも」の「離る」は遠ざかる、途絶える意で、絶えずやって来るだろうか、と期待をこめて結んでいる。
あふち:センダンの古名。初夏に薄紫の花を咲かせる
かる:離れる。遠ざかって途絶える
たま:薬玉。五月の節句に香料や花を糸に通して飾ったもの
- 作者
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大伴書持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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橘は常花にもが霍公鳥 住むと来鳴かば聞かぬ日なけむ
- 次の歌
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あしひきの山辺に居れば霍公鳥 木の間立ち潜き鳴かぬ日はなし