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霍公鳥今し来鳴かば万代に
語り継ぐべく思ほゆるかも

歌の意味
霍公鳥がまさに今やって来て鳴いたならば、万代までも語り継ぐべきことのように思われることだ。
鑑賞
巻第十七 3914

詞書「霍公鳥を思ふ歌一首 田口朝臣馬長作る」
 霍公鳥がまさに今来て鳴いてくれたなら、万代まで語り継ぐほどの喜びになるだろう、と鳴かない霍公鳥を慕う歌である。左注によれば、ある時人々が集って宴をした日に霍公鳥が鳴かなかったので、この歌を作って思慕の心を述べたという。宴の場所や年月はわからないとされる。前の三首では霍公鳥が鳴かない日はないと詠まれたのに対し、本歌は鳴かない霍公鳥を待ち望んでいる。
 作者の田口馬長は朝臣の姓を持つ官人であるが、伝は詳らかでない。
 左注に「右、伝へて云はく、一時交遊集宴す。この日ここに霍公鳥喧かず。よりて件の歌を作り、もちて思慕の意を陳ぶ。ただし、その宴の所并せて年月は、いまだ詳審らかにすることを得ず」とある。

 初句「霍公鳥」は宴の席で待たれていた鳥への呼びかけを含む歌い起こしである。
 二句「今し来鳴かば」の「し」は強意の副助詞で、まさに今来て鳴いたならば、という仮定である。本巻の第三千九百十一首の「鳴かぬ日はなし」とは反対に、鳴かない霍公鳥を待つ立場から詠まれている。
 三句「万代に」は、いつまでも、永遠に、の意である。
 四句「語り継ぐべく」は、語り伝えるべきほどに、の意で、宴での出来事を後世まで伝える誇張である。
 結句「思ほゆるかも」は、自然に思われることだ、の意で、「かも」は詠嘆である。

かたりつぐ:語り伝えて後世に伝える
作者
田口馬長
出典
万葉集
前の歌
霍公鳥楝の枝に行きて居ば 花は散らむな玉と見るまで
次の歌
あしひきの山谷越えて野づかさに 今は鳴くらむ鴬の声