- 歌の意味
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橘の咲き匂う庭に霍公鳥が鳴いていると人が告げる。網を張っておけばよかったのに。
- 鑑賞
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巻第十七 3918
詞書は前の歌に続き「十六年四月五日に、独り平城の故宅に居て作る歌六首」
橘の咲く庭で霍公鳥が鳴いていると人が知らせてくれた、網を張っておけばよかった、と悔やむ歌である。天平十六年(744)四月五日、都が恭仁京から難波宮へと移り、旧都となった平城京の旧宅に家持がひとり住んで詠んだ六首の一つである。自らは聞き逃した霍公鳥の声を人づてに知り、引き留めておけなかったことを惜しんでいる。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右の六首の歌は、天平十六年四月五日に、独り平城の故郷の旧宅に居りて大伴宿祢家持作る」とある。
初句「橘の」は本巻の第三千九百十六首と同じ歌い起こしである。
二句「にほへる園に」は橘が美しく咲き匂う庭に、の意で、第三千九百十六首の「にほへる香」と同じ「にほへる」を用いている。
三句「霍公鳥」は橘の庭に来た鳥を示す。
四句「鳴くと人告ぐ」は、鳴いていると人が告げる、の意で、ここで句切れとなる。作者自身は聞いていないことがうかがえる。
結句「網ささましを」の「まし」は反実仮想の助動詞、「を」は詠嘆の終助詞で、網を張っておけばよかったのに、と悔やむ。前歌の第三千九百十七首の「網ささば」の仮定を受け、実際には張れなかった悔いとして結んでいる。
その:庭。果樹や草花を植えた所
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥夜声なつかし網ささば 花は過ぐとも離れずか鳴かむ
- 次の歌
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あをによし奈良の都は古りぬれど もと霍公鳥鳴かずあらなくに