- 歌の意味
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古びた所だと人は思っているけれど、花橘が美しく咲き匂っているこの家よ。
- 鑑賞
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巻第十七 3920
詞書は前の歌に続き「十六年四月五日に、独り平城の故宅に居て作る歌六首」
人は古びた所だと思っているが、この家には花橘が美しく咲き匂っている、と旧宅を讃えた歌である。天平十六年(744)四月五日、都が恭仁京から難波宮へと移り、旧都となった平城京の旧宅に家持がひとり住んで詠んだ六首の一つである。旧都となって顧みられなくなった平城の旧宅にも、変わらず花橘が咲いていることに慰めを見出している。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右の六首の歌は、天平十六年四月五日に、独り平城の故郷の旧宅に居りて大伴宿祢家持作る」とある。
初句「鶉鳴く」は、鶉が鳴くような荒れた所の意から「古し」にかかる枕詞である。
二句「古しと人は」は、古びた所だと人は、の意で、前歌の第三千九百十九首の「古りぬれど」を受けている。
三句「思へれど」は、思っているけれども、の意で、逆接で下の句の讃美へと転じている。
四句「花橘の」は花の咲いた橘で、本巻の第三千九百十六首や第三千九百十八首の橘の匂いと連なっている。
結句「にほふこの宿」は、美しく咲き匂うこの家よ、の意で、体言止めにより旧宅への愛着を強く打ち出している。
うづらなく:古しなどにかかる枕詞
やど:家。家の庭先
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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あをによし奈良の都は古りぬれど もと霍公鳥鳴かずあらなくに
- 次の歌
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かきつばた衣に摺り付け大夫の 着襲ひ猟する月は来にけり