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天の下すでに覆ひて降る雪の
光りを見れば貴くもあるか

歌の意味
天下をすっかり覆って降る雪の光を見ると、まことに貴いことだ。
鑑賞
巻第十七 3923

詞書は前の歌に続き「天平十八年正月、白雪多く零りて地に積むこと数寸なり。時に左大臣橘卿、大納言藤原豊成朝臣と諸王諸臣等とを率て、太上天皇の御在所(中宮の西院)に参入りて、仕へ奉りて雪を掃く。ここに詔を降して、大臣参議并せて諸王は大殿の上に侍はしめ、諸卿大夫は南の細殿に侍はしめ、すなはち酒を賜ひて肆宴したまふ。勅して曰く、汝ら諸王卿等、聊かにこの雪を賦して各その歌を奏せよ、と。紀朝臣清人、詔に応ふる歌一首」
 天下をすっかり覆って降る雪の光を見ると、まことに貴く思われる、と雪の輝きを讃えた歌である。天平十八年(746)正月、数寸の雪が積もった日に、左大臣橘諸兄が諸王諸臣を率いて元正太上天皇の御在所に参上し、雪掃きの奉仕をした。その後に催された酒宴で、詔に応じて雪を題に詠まれた歌の一つである。天下をあまねく覆う雪の光に、天皇の徳が国中に行きわたるさまを重ねた寿ぎの歌と見ることができる。
 作者の紀清人は奈良時代の官人で、学問に優れ、国史の撰修にも関わった人物である。
 左注には、このほかに藤原豊成をはじめ十八人が詔に応じて歌を奏したが、その時に書き留めなかったため失われたと記す。また秦朝元は歌を詠むことができず、橘諸兄に麝香をもって償えと戯れられて黙ってしまったという逸話も伝えている。

 初句「天の下」は天下、国中の意で、宮廷の宴の歌にふさわしい大きな視野で歌い起こしている。
 二句「すでに覆ひて」の「すでに」はすっかり、ことごとく、の意で、雪が天下を覆い尽くすさまを表す。
 三句「降る雪の」は前歌の第三千九百二十二首の初句と同じ語で、雪を題とする応詔歌の主題を受けている。
 四句「光りを見れば」は、雪の輝きを見ると、の意である。本巻の第三千九百二十六首も「光るまで降れる白雪」と雪の光を讃えている。
 結句「貴くもあるか」は前歌の第三千九百二十二首と同じ結句で、雪の光の貴さに天皇の徳への讃美を託している。

あめのした:天下。国中
すでに:すっかり。ことごとく
作者
紀清人
出典
万葉集
前の歌
降る雪の白髪までに大君に 仕へまつれば貴くもあるか
次の歌
山の狭そことも見えず一昨日も 昨日も今日も雪の降れれば