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山の狭そことも見えず一昨日も
昨日も今日も雪の降れれば

歌の意味
山の谷間がどこともわからない。一昨日も昨日も今日も雪が降り続いているので。
鑑賞
巻第十七 3924

詞書は前の歌に続き「天平十八年正月、白雪多く零りて地に積むこと数寸なり。時に左大臣橘卿、大納言藤原豊成朝臣と諸王諸臣等とを率て、太上天皇の御在所(中宮の西院)に参入りて、仕へ奉りて雪を掃く。ここに詔を降して、大臣参議并せて諸王は大殿の上に侍はしめ、諸卿大夫は南の細殿に侍はしめ、すなはち酒を賜ひて肆宴したまふ。勅して曰く、汝ら諸王卿等、聊かにこの雪を賦して各その歌を奏せよ、と。紀朝臣男梶、詔に応ふる歌一首」
 一昨日も昨日も今日も雪が降り続いているので、山あいの谷がどこかも見分けられない、と降り積もった雪の深さを詠んだ歌である。天平十八年(746)正月、数寸の雪が積もった日に、左大臣橘諸兄が諸王諸臣を率いて元正太上天皇の御在所に参上し、雪掃きの奉仕をした。その後に催された酒宴で、詔に応じて雪を題に詠まれた歌の一つである。前の二首が雪を讃美の言葉で結んだのに対し、本歌は降り続く雪の景をそのまま描き、日を重ねる雪の豊かさを示している。
 作者の紀男梶は奈良時代の官人で、伝は詳らかでない。
 左注には、このほかに藤原豊成をはじめ十八人が詔に応じて歌を奏したが、その時に書き留めなかったため失われたと記す。また秦朝元は歌を詠むことができず、橘諸兄に麝香をもって償えと戯れられて黙ってしまったという逸話も伝えている。

 初句「山の狭」の「狭」は「かひ」と読み、山と山の間の谷あいのことである。
 二句「そことも見えず」は、どこがそこだとも見分けられない、の意で、ここで句切れとなり、理由を下の句に示す倒置の構成となっている。
 三句「一昨日も」は「をとつひ」と読み、おととい、の意である。本巻の第四千十一首の長歌にも「一昨日も昨日もありつ」と同じ言い方が見える。
 四句「昨日も今日も」は三句と合わせて「も」を三度重ね、雪が日を重ねて降り続くさまを畳みかけるように表している。
 結句「雪の降れれば」は、雪が降っているので、の意で、存続の助動詞「り」の已然形に「ば」が付いた確定条件である。

かひ:山と山の間の谷あい
をとつひ:おととい
作者
紀男梶
出典
万葉集
前の歌
天の下すでに覆ひて降る雪の 光りを見れば貴くもあるか
次の歌
新しき年の初めに豊の年 しるすとならし雪の降れるは