須磨人の海辺常去らず焼く塩の
辛き恋をも我れはするかも
- 歌の意味
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須磨の海人が海辺をいつも離れずに焼く塩のように、辛くつらい恋を私はすることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 3932
詞書は前の歌に続き「平群氏女郎、越中守大伴宿祢家持に贈る歌十二首」
須磨の海人が海辺を離れずに焼く塩のように、辛くつらい恋を私はしている、と恋の苦しさを詠んだ歌である。越中守として都を離れた家持に、平群氏女郎が折々に使いに託して贈った十二首の一つである。塩焼きの煙が絶えない須磨の浦の景を序に用い、絶え間なく続く恋のつらさを塩の辛さに重ねている。
作者の平群氏女郎は平群氏の女性で、伝は未詳である。家持と恋の歌を交わした女性の一人である。
左注に「右の件の十二首の歌は、時々に便使に寄せて来贈す。一度に送るところにあらず」とある。
初句「須磨人の」は摂津国須磨の浦の海人のことで、須磨は製塩の地として知られた。
二句「海辺常去らず」は、海辺をいつも離れずに、の意で、字余り(八音)である。
三句「焼く塩の」は海水を煮詰めて塩を作ることで、上三句が「辛き」を導く序詞となっている。
四句「辛き恋をも」は、塩の辛さと恋のつらさを重ねた句で、序詞からの転換点となっている。
結句「我れはするかも」は、私はしていることだ、の意で、「かも」は詠嘆である。
すま:摂津国の地名。製塩の地として知られた
- 作者
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平群女郎
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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君により我が名はすでに龍田山 絶えたる恋の繁きころかも
- 次の歌
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ありさりて後も逢はむと思へこそ 露の命も継ぎつつ渡れ