霍公鳥鳴きて過ぎにし岡びから
秋風吹きぬよしもあらなくに
- 歌の意味
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霍公鳥が鳴いて過ぎて行った岡のあたりから、秋風が吹いてきた。妻に逢う手立てもないのに。
- 鑑賞
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巻第十七 3946
詞書は前の歌に続き「八月七日の夜に、守大伴宿祢家持の舘に集ひて宴する歌」
霍公鳥が鳴いて過ぎていった岡のあたりから秋風が吹いてきた、妻に逢う手立てもないのに、と季節の移ろいに寄せて妻への思いを述べた歌である。天平十八年(746)八月七日の夜、越中に着任して間もない守家持の館に、国府の官人たちが集って催した宴の歌の一つである。夏の霍公鳥から秋風へと季節が移ったことに、旅にある身の時の流れと、逢えない嘆きとを重ねている。
作者の大伴池主は越中掾として守の家持を補佐した官人である。家持と同族で漢詩文にも通じ、越中時代の家持と多くの歌や書簡を交わした。
左注に「右の三首は掾大伴宿祢池主の作」とある。
初句「霍公鳥」は初夏の鳥で、過ぎ去った夏を象徴している。
二句「鳴きて過ぎにし」は、鳴いて過ぎていった、の意で、「にし」は完了と過去の助動詞である。
三句「岡びから」の「岡び」は岡のあたり、「から」は起点を示し、岡のあたりから、の意である。
四句「秋風吹きぬ」は秋風が吹いてきた、の意で、ここで句切れとなる。本巻の第三千九百四十七首でも「秋風寒し」と詠まれ、宴の歌に秋風が繰り返される。
結句「よしもあらなくに」は、手立てもないのに、の意で、前歌の第三千九百四十五首の「着むよしもがも」を受け、妻に逢う手立てのないことを嘆いている。
をかび:岡のあたり
よし:方法。手立て
- 作者
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大伴池主
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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秋の夜は暁寒し白栲の 妹が衣手着むよしもがも
- 次の歌
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今朝の朝明秋風寒し遠つ人 雁が来鳴かむ時近みかも