ひぐらしの鳴きぬる時はをみなへし
咲きたる野辺を行きつつ見べし
- 歌の意味
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ひぐらしが鳴いている時は、おみなえしの咲いている野辺を歩きながら見るのがよい。
- 鑑賞
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巻第十七 3951
詞書は前の歌に続き「八月七日の夜に、守大伴宿祢家持の舘に集ひて宴する歌」
ひぐらしが鳴く夕暮れには、おみなえしの咲く野辺を歩きながら眺めるのがよい、と秋の野の風情を勧めた歌である。天平十八年(746)八月七日の夜、越中に着任して間もない守家持の館に、国府の官人たちが集って催した宴の歌の一つである。妻を恋う歌が続いた宴の流れを受け、秋の野の楽しみへと話題を転じて、座を和ませる役割を果たしている。
作者の秦八千島は越中国の大目(国司の四等官)を務めた官人で、伝は未詳である。
左注に「右の一首は大目秦忌寸八千嶋」とある。
初句「ひぐらしの」は蝉の一種で、夕暮れに澄んだ声で鳴く。
二句「鳴きぬる時は」は、鳴いている時は、の意で、夕暮れ時を指している。
三句「をみなへし」は宴の冒頭の第三千九百四十三首や第三千九百四十四首で詠まれた花を再び取り上げている。
四句「咲きたる野辺を」は池主の第三千九百四十四首の二句と同じ句で、宴の歌を受け継いでいる。
結句「行きつつ見べし」は、歩きながら見るのがよい、の意で、「べし」は適当を表す。
ひぐらし:蝉の一種。夕暮れに澄んだ声で鳴く
- 作者
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秦八千島
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家にして結ひてし紐を解き放けず 思ふ心を誰れか知らむも
- 次の歌
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妹が家に伊久里の杜の藤の花 今来む春も常かくし見む