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妹が家に伊久里の杜の藤の花
今来む春も常かくし見む

歌の意味
伊久里の杜の藤の花を、これからやって来る春にも、いつもこのように見よう。
鑑賞
巻第十七 3952

詞書は前の歌に続き「八月七日の夜に、守大伴宿祢家持の舘に集ひて宴する歌」、また「古歌一首(大原高安真人の作)年月審らかならず。ただ聞きし時のまにまに、ここに記し載す」
 伊久里の杜の藤の花を、次に来る春にも変わらずこのように見よう、と藤の花をめでる心を詠んだ歌である。天平十八年(746)八月七日の夜、越中に着任して間もない守家持の館に、国府の官人たちが集って催した宴の歌の一つである。ただし本歌は宴の作ではなく、大原高安の古歌として宴の席で僧玄勝が伝え誦したもので、作られた年月はわからないという。秋の宴で春の花を詠む古歌が披露され、来る年もまた集おうという寿ぎの心が添えられている。
 作者の大原高安は、高安王が臣籍に降って大原真人の姓を賜った人物である。
 左注に「右の一首は、伝へ誦するは僧玄勝これなり」とある。

 初句「妹が家に」は、妻の家に行く、の意から「い(行)く」の音を持つ「伊久里」にかかる枕詞である。
 二句「伊久里の杜の」の伊久里の杜は所在未詳の地名で、越中の礪波郡とする説などがある。
 三句「藤の花」は春の花で、伊久里の杜に咲く藤を指す。
 四句「今来む春も」は、これから来る春にも、の意で、秋の宴の席から次の春を望んでいる。
 結句「常かくし見む」の「し」は強意の副助詞、「む」は意志で、いつもこのように見よう、と変わらぬ繁栄を願っている。

いもがいへに:伊久里にかかる枕詞
いくりのもり:所在未詳の地名
作者
大原高安
出典
万葉集
前の歌
ひぐらしの鳴きぬる時はをみなへし 咲きたる野辺を行きつつ見べし
次の歌
雁がねは使ひに来むと騒くらむ 秋風寒みその川の上に