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かからむとかねて知りせば越の海の
荒磯の波も見せましものを

歌の意味
こうなるとあらかじめ知っていたならば、越の海の荒磯の波も見せてやったのに。
鑑賞
巻第十七 3959

詞書は前の歌に続き「長逝せる弟を哀傷する歌一首并せて短歌」の反歌
 こうなると前もって知っていたなら、越の海の荒磯に寄せる波も弟に見せてやったのに、と悔やむ歌である。天平十八年(746)九月二十五日、越中にあった家持が、都で弟の書持が亡くなったことを遠く伝え聞いて詠んだ長歌に添えた反歌である。長歌では、越中へ下る家持を泉川の河原まで見送った弟と「ま幸くて我れ帰り来む」と語り合って別れたこと、花草を愛した弟が佐保山で火葬され、その煙が白雲となってたなびいたと知らされたことが詠まれている。花草を愛した弟に越中の美しい海の景を見せられなかったことを悔い、取り返しのつかない死を嘆いている。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 左注に「右、天平十八年秋九月二十五日に、越中守大伴宿祢家持、遥かに弟の喪を聞き、感傷して作る」とある。

 初句「かからむと」は、このようになるだろうと、の意で、弟の死を指す。
 二句「かねて知りせば」の「せば」は過去の助動詞「き」の未然形に「ば」が付いた仮定で、結句の「まし」と呼応して反実仮想を表す。前もって知っていたならば、の意である。
 三句「越の海の」は越中の海を指す。
 四句「荒磯の波も」の「荒磯」は「ありそ」と読み、波の荒い岩の多い海岸である。本巻の第三千九百五十四首で家持が宴の仲間を「寄する波見に」と誘った越中の海の景が、ここでは亡き弟に見せたかったものとして詠まれている。
 結句「見せましものを」は、見せてやったものを、の意で、「まし」は反実仮想、「ものを」は逆接の詠嘆である。

ありそ:波の荒い、岩の多い海岸
こしのうみ:越の国の海。ここでは越中の海
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
ま幸くと言ひてしものを白雲に 立ちたなびくと聞けば悲しも
次の歌
庭に降る雪は千重敷くしかのみに 思ひて君を我が待たなくに