古典和歌stream

白波の寄する磯廻を漕ぐ舟の
楫取る間なく思ほえし君

歌の意味
白波の寄せる磯辺を漕ぐ舟が楫を操る手を休める間もないように、絶え間なく思われたあなたよ。
鑑賞
巻第十七 3961

詞書は前の歌に続き「相歓ぶる歌二首 越中守大伴宿祢家持作る」
 白波の寄せる磯辺を漕ぐ舟が楫を休める間もないように、絶え間なく思い続けたあなたであった、と池主への思いを述べた歌である。天平十八年(746)八月、掾の大伴池主が大帳使として都へ赴き、同じ年の十一月に任地へ帰って来た。その帰着を祝って詩と酒の宴を催したところ、雪がにわかに一尺余りも降り積もり、また漁夫の船が海に浮かんでいた。家持がこの二つの眺めに思いを寄せて詠んだ二首の一つである。本歌は海に浮かぶ漁夫の船を眺めて、その楫の動きに池主を思い続けた心を重ねている。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 左注に「右、天平十八年八月をもちて、掾大伴宿祢池主、大帳使に付きて京師に赴き向かふ。しかして同じ年の十一月に本任に還り到る。よりて詩酒の宴を設け、弾絲飲楽す。この日、白雪たちまちに降りて地に積むこと尺余なり。この時に、また漁夫の船、海に入りて瀾に浮かぶ。ここに守大伴宿祢家持、情を二眺に寄せ、聊かに所心を裁る」とある。

 初句「白波の」は海の景を示し、宴の席から望む冬の海を描き起こしている。
 二句「寄する磯廻を」の「磯廻」は「いそみ」と読み、磯の入り組んだあたりである。
 三句「漕ぐ舟の」は左注にいう漁夫の船を指し、上三句が「楫取る間なく」を導く序詞となっている。
 四句「楫取る間なく」は、楫を操る手を休める間もなく、の意で、絶え間なく、の比喩である。本巻の第四千二十七首も「漕ぐ船の楫取る間なく都し思ほゆ」と同じ表現を用いており、第三千八百九十四首の「楫間にも」とも通じる。
 結句「思ほえし君」は、思われたあなたよ、の意で、体言止めで池主への親愛をこめて結んでいる。前歌の第三千九百六十首が雪に、本歌が舟に寄せて、左注にいう二つの眺めを詠み分けている。

いそみ:磯の入り組んだあたり。磯辺
かぢ:船を漕ぐ道具。櫂や櫓
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
庭に降る雪は千重敷くしかのみに 思ひて君を我が待たなくに
次の歌
世間は数なきものか春花の 散りのまがひに死ぬべき思へば