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世間は数なきものか春花の
散りのまがひに死ぬべき思へば

歌の意味
世の中とはなんとはかないものか。春の花が散り乱れるなかで死ななければならないかと思うと。
鑑賞
巻第十七 3963

詞書「忽ちに枉疾に沈み、ほとほとに泉路に臨む。よりて歌詞を作り、もちて悲緒を申ぶる一首并せて短歌」の反歌
 春の花が散り乱れるさなかに死ななければならないかと思うと、世の中とはなんとはかないものか、と病床で無常を嘆いた歌である。天平十九年(747)二月二十日、越中の守の館で重い病に臥した家持が、死をも思うほどの悲しみを述べた長歌に添えた反歌である。長歌では、大君の命によって越中に下り、まだ年月も経たないのに病に伏し、都の母や妻、幼い子らを思いながら逢うすべもない嘆きが詠まれている。華やかな春の花の散る景と自らの死とを重ね合わせ、命のはかなさを深く感じ取っている。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 左注に「右、天平十九年春二月二十日に、越中国の守の館にして病に臥して悲傷し、聊かにこの歌を作る」とある。

 初句「世間は」は「よのなか」と読み、人の世、この世の意で、仏教的な無常の思いを背景にしている。
 二句「数なきものか」の「数なし」は物の数にも入らない、はかない意で、「か」は詠嘆である。ここで句切れとなる。本巻の第三千九百七十三首の長歌でも、池主が家持を慰めて「世間は数なきものぞ」と同じ言葉を用いている。
 三句「春花の」は春に咲く花で、命の盛りと散りゆくはかなさの両方を思わせる。
 四句「散りのまがひに」の「まがひ」は入り乱れて見分けがつかないことで、花が散り乱れるなかに、の意である。
 結句「死ぬべき思へば」は、死なねばならないと思うと、の意で、二句の嘆きの理由を倒置によって後から示している。

かずなし:物の数にも入らない。はかない
まがひ:入り乱れて見分けがつかないこと
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
白波の寄する磯廻を漕ぐ舟の 楫取る間なく思ほえし君
次の歌
山川のそきへを遠みはしきよし 妹を相見ずかくや嘆かむ