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山吹は日に日に咲きぬうるはしと
我が思ふ君はしくしく思ほゆ

歌の意味
山吹は日ごとに咲いていく。りっぱな方だと私が思うあなたのことが、しきりに思われる。
鑑賞
巻第十七 3974

詞書「昨日短懐を述べ、今朝耳目を汙す」に始まる漢文の書簡に続けて「敬みて和ふる歌、その詞に云はく」とある長歌の反歌
 山吹は日ごとに咲き進んでいく、りっぱな方だと思うあなたのことがしきりに思われる、と家持への敬愛を述べた歌である。天平十九年(747)三月五日、家持の長歌と反歌に答えて池主が贈った長歌に添えた反歌である。書簡では家持の文才をたたえ、山柿の歌の泉もこれに比べれば見劣りするほどだと述べている。長歌では、都への使いは絶えることがないから嘆くことはないと慰め、世の中は数なきものであり、慰めになることもあろうと、里人の言葉として、春の野ですみれを摘む娘子らが君を待っていると伝え、いざ見に行こうと誘っている。日ごとに咲き増す山吹に、日ごとに募る家持への思いを重ねている。
 作者の大伴池主は越中掾として守の家持を補佐した官人である。家持と同族で漢詩文にも通じ、越中時代の家持と多くの歌や書簡を交わした。
 左注に「三月五日 大伴宿祢池主」とある。

 初句「山吹は」は家持の第三千九百七十一首の「山吹の茂み」を受け、贈答の素材をつないでいる。
 二句「日に日に咲きぬ」は、日ごとに咲いていく、の意で、ここで句切れとなる。
 三句「うるはしと」は、立派だ、敬愛すべきだと、の意である。
 四句「我が思ふ君は」は、私が思うあなたは、の意で、家持を指す。
 結句「しくしく思ほゆ」の「しくしく」は重ねて、しきりに、の意で、二句の「日に日に」と対応して思いの募るさまを表している。本巻の第三千九百八十六首の「いやしくしくに」にも同じ語が見える。

しくしく:重ね重ね。しきりに
うるはし:立派だ。端正で好ましい
作者
大伴池主
出典
万葉集
前の歌
出で立たむ力をなみと隠り居て 君に恋ふるに心どもなし
次の歌
我が背子に恋ひすべながり葦垣の 外に嘆かふ我れし悲しも