我が背子に恋ひすべながり葦垣の
外に嘆かふ我れし悲しも
- 歌の意味
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あなたを恋い慕ってどうしようもなく、葦垣の外で嘆いている私は悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 3975
詞書は前の歌に続き「昨日短懐を述べ、今朝耳目を汙す」に始まる漢文の書簡に続けて「敬みて和ふる歌、その詞に云はく」とある長歌の反歌
あなたを恋い慕ってどうしようもなく、葦垣の外で嘆いている自分が悲しい、と病の家持を訪ねられない嘆きを述べた歌である。天平十九年(747)三月五日、家持の長歌と反歌に答えて池主が贈った長歌に添えた反歌である。書簡では家持の文才をたたえ、山柿の歌の泉もこれに比べれば見劣りするほどだと述べている。長歌では、都への使いは絶えることがないから嘆くことはないと慰め、世の中は数なきものであり、慰めになることもあろうと、里人の言葉として、春の野ですみれを摘む娘子らが君を待っていると伝え、いざ見に行こうと誘っている。病床の家持のすぐ近くにいながら、垣の外から思うばかりの身のもどかしさを訴えている。
作者の大伴池主は越中掾として守の家持を補佐した官人である。家持と同族で漢詩文にも通じ、越中時代の家持と多くの歌や書簡を交わした。
左注に「三月五日 大伴宿祢池主」とある。
初句「我が背子に」は親しい男性への呼びかけで、家持を指す。
二句「恋ひすべながり」は、恋い慕ってどうしようもなく思って、の意である。
三句「葦垣の」は葦で編んだ垣根のことで、家の内と外とを隔てるものとして置かれている。
四句「外に嘆かふ」は垣の外で嘆き続ける意で、「ふ」は反復継続を表す。家持の返歌の第三千九百七十七首は「葦垣の外にも君が寄り立たし」と、この句を受けて答えている。
結句「我れし悲しも」の「し」は強意、「も」は詠嘆で、私は悲しいことだ、と結んでいる。
あしかき:葦で編んだ垣根
すべながる:どうしようもなく思う
- 作者
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大伴池主
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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山吹は日に日に咲きぬうるはしと 我が思ふ君はしくしく思ほゆ
- 次の歌
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咲けりとも知らずしあらば黙もあらむ この山吹を見せつつもとな