あらたまの年返るまで相見ねば
心もしのに思ほゆるかも
- 歌の意味
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年が改まるまで逢わないでいるので、心もしおれるほどに妻のことが思われることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 3979
詞書「恋緒を述ぶる歌一首并せて短歌」の反歌
年が改まるまで逢わずにいるので、心もしおれるほどに妻のことが思われる、と都の妻を恋う歌である。天平十九年(747)三月二十日の夜、家持が都に残した妻への恋情をにわかに起こして詠んだ長歌に添えた反歌である。長歌では、大君の命で越中に下ってから年が改まり、春の花が移ろうまで逢えず、夢には見ても現実には逢えない恋しさが積もったこと、霍公鳥の鳴く月になったら近江路を経て奈良の家に帰り、門に立って待つ妻に早く逢いたいことが詠まれている。長歌の内容を要約するように、逢えない月日の長さと思いの深さを述べている。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右、三月二十日の夜裏に、忽ちに恋情を起こして作る。大伴宿祢家持」とある。
初句「あらたまの」は年にかかる枕詞である。
二句「年返るまで」は年が改まるまで、の意で、長歌の「年行き返り」を受けている。
三句「相見ねば」は逢わないでいるので、の意で、本巻の第三千九百八十二首の三句にも同じ句が置かれ、反歌の中で繰り返されている。
四句「心もしのに」の「しのに」はしおれるほどに、しんみりと、の意である。
結句「思ほゆるかも」は、思われることだ、の意で、「かも」は詠嘆である。
あらたまの:年、月などにかかる枕詞
しのに:しおれるほどに。しみじみと
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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葦垣の外にも君が寄り立たし 恋ひけれこそば夢に見えけれ
- 次の歌
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ぬばたまの夢にはもとな相見れど 直にあらねば恋ひやまずけり