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奈呉の海の沖つ白波しくしくに
思ほえむかも立ち別れなば

歌の意味
奈呉の海の沖の白波がしきりに寄せるように、しきりに皆のことが思われるだろうか、別れて行ったならば。
鑑賞
巻第十七 3989

詞書「大目秦忌寸八千嶋の館にして、守大伴宿祢家持に餞する宴の歌二首」
 奈呉の海の沖の白波が絶え間なく寄せるように、別れて行ったなら皆のことがしきりに思われるだろう、と送別の宴で別れを惜しんだ歌である。天平十九年(747)四月二十日、正税帳使として都へ上ることになった家持のために、大目の秦八千島の館で催された送別の宴で、家持が別れの嘆きを述べた二首の一つである。八千島の館から望まれる奈呉の海の景を序に取り込み、宴の主人や同僚への名残惜しさを表している。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 左注に「右、守大伴宿祢家持、正税帳をもちて京師に入るべし。よりてこの歌を作り、聊かに送別の嘆きを陳ぶ(四月二十日)」とある。

 初句「奈呉の海の」は八千島の館から望まれた海で、八千島が自邸の宴で詠んだ第三千九百五十六首の「奈呉の海人」と同じ景である。字余り(六音)である。
 二句「沖つ白波」は沖に立つ白波で、上二句が「しくしくに」を導く序詞となっている。本巻の第三千九百九十二首も「布勢の海の沖つ白波」と同じ句を用いている。
 三句「しくしくに」は、重ね重ね、しきりに、の意である。
 四句「思ほえむかも」は、思われることだろうか、の意で、ここで句切れとなる。
 結句「立ち別れなば」は、別れて行ったならば、の意で、仮定の条件を倒置によって後から示している。

おきつしらなみ:沖に立つ白波
しくしく:重ね重ね。しきりに
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
ぬばたまの月に向ひて霍公鳥 鳴く音遥けし里遠みかも
次の歌
我が背子は玉にもがもな手に巻きて 見つつ行かむを置きて行かば惜し