我が背子は玉にもがもな手に巻きて
見つつ行かむを置きて行かば惜し
- 歌の意味
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あなたが玉であったらよいのに。手に巻いていつも見ながら行こうものを、置いて行くのは惜しい。
- 鑑賞
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巻第十七 3990
詞書は前の歌に続き「大目秦忌寸八千嶋の館にして、守大伴宿祢家持に餞する宴の歌二首」
あなたが玉であったなら、手に巻いて見ながら旅を行けるのに、置いて行くのは惜しい、と別れを惜しむ歌である。天平十九年(747)四月二十日、正税帳使として都へ上ることになった家持のために、大目の秦八千島の館で催された送別の宴で、家持が別れの嘆きを述べた二首の一つである。親しい人を身につける玉になぞらえる表現で、別れがたい思いを率直に述べている。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右、守大伴宿祢家持、正税帳をもちて京師に入るべし。よりてこの歌を作り、聊かに送別の嘆きを陳ぶ(四月二十日)」とある。
初句「我が背子は」は親しい男性への呼びかけで、宴の主人や同僚を指す。
二句「玉にもがもな」の「もがもな」は願望を表し、玉であったらよいのに、の意である。ここで句切れとなる。本巻の第四千七首も「我が背子は玉にもがもな」と同じ初二句で歌い起こし、池主の第四千十首は「花にもがもな」と変えて答えている。
三句「手に巻きて」は、玉を手首に巻いて、の意で、玉を腕輪として身につけることをいう。
四句「見つつ行かむを」は、見ながら行こうものを、の意で、「を」は逆接である。
結句「置きて行かば惜し」は、置いて行くならば惜しい、の意で、字余り(八音)である。
たま:宝玉。手に巻いて腕輪として身につけた
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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奈呉の海の沖つ白波しくしくに 思ほえむかも立ち別れなば
- 次の歌
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布勢の海の沖つ白波あり通ひ いや年のはに見つつ偲はむ