布勢の海の沖つ白波あり通ひ
いや年のはに見つつ偲はむ
- 歌の意味
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布勢の海の沖の白波を、これからも通い続けて、毎年毎年見ては賞でよう。
- 鑑賞
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巻第十七 3992
詞書「布勢の水海に遊覧する賦一首并せて短歌(この海は射水郡の旧江村に有り)」の反歌
布勢の海の沖の白波を、これからも通い続けて毎年見ては賞でよう、と布勢の水海の景を讃えた歌である。天平十九年(747)四月二十四日、上京を前にした家持が、布勢の水海に遊んだことを詠んだ長歌に添えた反歌で、越中三賦の一つである。長歌では、思う者どうし心を晴らそうと馬を並べ、渋谿の崎、松田江の長浜、宇奈比川を経て布勢の海に舟を浮かべ、渚にはあぢ鴨が騒ぎ、島には梢の花が咲くさまを眺め、二上山に這う蔦のように別れることなく毎年このように遊ぼうと詠んでいる。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右、守大伴宿祢家持作る(四月二十四日)」とある。
初句「布勢の海の」の布勢の水海は射水郡にあった潟湖で、現在の富山県氷見市の十二町潟付近がその名残とされる。字余り(六音)である。
二句「沖つ白波」は沖に立つ白波で、本巻の第三千九百八十九首の二句と同じ句である。
三句「あり通ひ」は、通い続けて、の意で、長歌の「あり通ひいや年のはに」をそのまま受けている。本巻の第四千二首の「あり通ひ見む」にも同じ語が見える。
四句「いや年のはに」は、毎年毎年、の意である。
結句「見つつ偲はむ」の「偲ふ」は賞美する、めでる意で、見ては賞でよう、と土地讃美の心を結んでいる。池主の追和の反歌の第三千九百九十四首は「継ぎて見に来む」と、この結句に答えている。
ふせのうみ:越中国射水郡にあった潟湖。布勢の水海
ありがよふ:通い続ける
しのふ:賞美する。めでる
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が背子は玉にもがもな手に巻きて 見つつ行かむを置きて行かば惜し
- 次の歌
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白波の寄せ来る玉藻世の間も 継ぎて見に来む清き浜びを