我が背子は玉にもがもな霍公鳥
声にあへ貫き手に巻きて行かむ
- 歌の意味
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あなたが玉であったらよいのに。霍公鳥の声と合わせて緒に通し、手に巻いて行こう。
- 鑑賞
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巻第十七 4007
詞書「京に入ること漸く近づき、悲情撥ひ難くして懐を述ぶる一首并せて一絶」の一絶
あなたが玉であったなら、霍公鳥の声と合わせて緒に通し、手に巻いて旅を行こう、と上京を前に池主との別れを惜しんだ歌である。天平十九年(747)四月三十日、上京の日が近づき、別れの悲しみを払いがたくて家持が池主に贈った長歌に添えた短歌である。長歌では、二上山に神さびて立つ栂の木の本も枝も同じ常盤であるように、いとしいあなたと朝ごとに語り、夕べには手を携えて射水川の河内に出て遊んだ日々を思い、天皇の命で別れれば恋しさが募るだろう、霍公鳥の声に合わせて貫く玉であったら手に巻いて見ながら行こうものを、置いて行くのは惜しい、と詠んでいる。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右、大伴宿祢家持、掾大伴宿祢池主に贈る(四月三十日)」とある。
初句「我が背子は」は親しい男性への呼びかけで、ここでは池主を指す。
二句「玉にもがもな」は、玉であったらよいのに、の意で、ここで句切れとなる。本巻の第三千九百九十首と同じ初二句で、池主の返歌の第四千十首は「花にもがもな」と替えて答えている。
三句「霍公鳥」は五月を迎えようとする季節の鳥で、長歌の結びの「霍公鳥声にあへ貫く玉にもが」を受けている。
四句「声にあへ貫き」は、霍公鳥の声を薬玉と合わせて緒に通す、の意で、声を玉に交えて貫くという独特の表現である。
結句「手に巻きて行かむ」は、手に巻いて行こう、の意で、字余り(八音)である。第三千九百九十首の「手に巻きて見つつ行かむを」と同じく、親しい人を玉として身につけたいという願いを述べている。
あへぬく:合わせて緒に通す
たま:宝玉。薬玉
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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落ちたぎつ片貝川の絶えぬごと 今見る人もやまず通はむ
- 次の歌
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玉桙の道の神たち賄はせむ 我が思ふ君をなつかしみせよ