越の海の信濃の浜を行き暮らし
長き春日も忘れて思へや
- 歌の意味
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越の海の信濃の浜を一日じゅう歩き過ごして、長い春の日にも、都を忘れて思うことがあろうか。いや、忘れはしない。
- 鑑賞
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巻第十七 4020
詞書なし(前の歌に続き、題詞を欠き、左注に「右の四首は、天平二十年春正月二十九日、大伴宿祢家持」とある)
越の海の信濃の浜を一日歩き過ごす長い春の日にも、都のことを忘れて思うことなどあろうか、と望郷の念を詠んだ歌である。天平二十年(748)正月二十九日、越中の家持が詠んだ四首の一つである。四首の結びとして、海辺の遊覧にも慰められない都への思いを述べている。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
二句の「信濃」には「浜の名なり」という原注が添えられている。信濃の国のことではなく、越の海辺の浜の名であることを示す注である。
初句「越の海の」は越中の海で、字余り(六音)である。書持を悼んだ第三千九百五十九首にも「越の海の荒磯の波」と詠まれている。
二句「信濃の浜を」の「信濃」は「しなぬ」と読み、原注によれば浜の名である。所在は未詳である。
三句「行き暮らし」は、日が暮れるまで歩き過ごして、の意である。
四句「長き春日も」は、日の長い春の一日も、の意である。
結句「忘れて思へや」の「や」は反語で、忘れて思うことがあろうか、いや忘れはしない、と都への思いを強く結んでいる。
しなぬのはま:越の海辺の浜の名。所在未詳
ゆきくらす:日が暮れるまで歩いて過ごす
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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天離る鄙ともしるくここだくも 繁き恋かもなぐる日もなく
- 次の歌
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雄神川紅にほふ娘子らし 葦付取ると瀬に立たすらし