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雄神川紅にほふ娘子らし
葦付取ると瀬に立たすらし

歌の意味
雄神川が紅色に照り映えている。娘子たちが葦付を採ろうとして、瀬に立っているらしい。
鑑賞
巻第十七 4021

詞書「礪波郡の雄神河の辺にして作る歌一首」
 雄神川の川面が紅に照り映えているのは、娘子たちが葦付を採ろうと瀬に立っているかららしい、と春の川辺の景を詠んだ歌である。天平二十年(748)の春、出挙のために越中の諸郡を巡行した家持が、その時その所で目にしたものを詠んだ歌の一つである。出挙は春に稲を貸し付け、秋の収穫後に利息とともに返させる制度で、国司はそのために管内を巡った。娘子たちの紅の裳が川面に映える華やかな色彩を、遠くから推し量るように描いている。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 四句の「葦付」には「水松の類」という原注が添えられている。葦付が水中に生える藻の類であることを示す注である。

 初句「雄神川」は礪波郡を流れる川で、現在の庄川にあたるとされる。
 二句「紅にほふ」は紅色に美しく照り映える意で、娘子たちの赤い裳が川面に映えるさまを表している。
 三句「娘子らし」の「ら」は複数、「し」は強意の副助詞で、娘子たちが、の意である。
 四句「葦付取ると」の「葦付」は原注にいう水松の類で、川に生える食用の藻である。
 結句「瀬に立たすらし」の「立たす」は「立つ」の尊敬語、「らし」は根拠に基づく推定で、瀬に立っておいでのようだ、の意である。紅に照り映える川面を根拠に、見えない娘子たちの姿を推し量っている。

あしつき:川に生える食用の藻の一種
をかみがは:越中国礪波郡の川。現在の庄川とされる
作者
大伴家持
出典
万葉集
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越の海の信濃の浜を行き暮らし 長き春日も忘れて思へや
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