鵜坂川渡る瀬多みこの我が馬の
足掻きの水に衣濡れにけり
- 歌の意味
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鵜坂川は渡る瀬が多いので、この私の乗る馬が足掻く水しぶきで、衣が濡れてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 4022
詞書「婦負郡にして鵜坂河の辺を渡る時に作る歌一首」
鵜坂川は渡る瀬が多いので、乗っている馬の足掻く水しぶきで衣が濡れてしまった、と川を渡る旅の様子を詠んだ歌である。天平二十年(748)の春、出挙のために越中の諸郡を巡行した家持が、その時その所で目にしたものを詠んだ歌の一つである。出挙は春に稲を貸し付け、秋の収穫後に利息とともに返させる制度で、国司はそのために管内を巡った。いくつもの瀬を馬で渡る巡行の苦労を、衣の濡れたことに託して実感をこめて描いている。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右の件の歌詞は、春の出挙によりて諸郡を巡行し、時に当たり所に当たりて属目して作る。大伴宿祢家持」とある。
初句「鵜坂川」は婦負郡を流れる川で、現在の神通川の流域にあたるとされる。
二句「渡る瀬多み」は、渡る瀬が多いので、というミ語法である。
三句「この我が馬の」は、この私の乗る馬の、の意で、字余り(六音)である。
四句「足掻きの水に」の「足掻き」は馬が足で水をかくことで、その水しぶきを指す。
結句「衣濡れにけり」は、衣が濡れてしまったことだ、の意で、「にけり」は完了と詠嘆である。
あがき:馬が足で地や水をかくこと
うさかがは:越中国婦負郡の川
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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雄神川紅にほふ娘子らし 葦付取ると瀬に立たすらし
- 次の歌
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婦負川の早き瀬ごとに篝さし 八十伴の男は鵜川立ちけり