志雄路から直越え来れば羽咋の海
朝なぎしたり船楫もがも
- 歌の意味
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志雄路から真っすぐに越えて来ると、羽咋の海は朝なぎしている。船と楫があればよいのに。
- 鑑賞
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巻第十七 4025
詞書「気太神宮に赴き参り、海辺を行く時に作る歌一首」
志雄路から山を真っすぐに越えて来ると、羽咋の海は朝なぎで静まっている、船と楫があれば漕ぎ出したいものだ、と能登の海の景を詠んだ歌である。天平二十年(748)の春、出挙のために越中の諸郡を巡行した家持が、その時その所で目にしたものを詠んだ歌の一つである。出挙は春に稲を貸し付け、秋の収穫後に利息とともに返させる制度で、国司はそのために管内を巡った。能登の一宮である気太神宮に参詣する途中、峠を越えて目の前に開けた穏やかな朝の海への感動を表している。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
当時の越中国は能登の四郡をも管轄しており、家持の巡行は能登半島にまで及んでいる。
初句「志雄路から」の志雄は能登の地名で、現在の石川県宝達志水町付近とされる。「から」は経由を表し、志雄の道を通って、の意である。
二句「直越え来れば」は、山を真っすぐに越えて来ると、の意である。
三句「羽咋の海」は気太神宮のある羽咋の海で、字余り(六音)である。
四句「朝なぎしたり」は、朝なぎで海が静まっている、の意で、ここで句切れとなる。
結句「船楫もがも」の「もがも」は願望の終助詞で、船と楫があればよいのに、の意である。穏やかな海に漕ぎ出したいという思いを述べている。
あさなぎ:朝、風がやんで海が静まること
けた:能登の気多神社。能登の一宮
ふなかぢ:船と楫
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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立山の雪し消らしも延槻の 川の渡り瀬鐙漬かすも
- 次の歌
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香島より熊来をさして漕ぐ船の 楫取る間なく都し思ほゆ