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香島より熊来をさして漕ぐ船の
楫取る間なく都し思ほゆ

歌の意味
香島から熊来をめざして漕ぐ船の楫を操る手を休める間もないように、絶え間なく都のことが思われる。
鑑賞
巻第十七 4027

詞書「能登郡にして香島の津より船を発し、熊来村をさして往く時に作る歌二首」
 香島から熊来へ向かって漕ぐ船の楫が休む間もないように、絶え間なく都のことが思われる、と船旅の途上で都を恋う歌である。天平二十年(748)の春、出挙のために越中の諸郡を巡行した家持が、その時その所で目にしたものを詠んだ歌の一つである。出挙は春に稲を貸し付け、秋の収穫後に利息とともに返させる制度で、国司はそのために管内を巡った。目の前で休みなく動く楫に、片時も離れない都への思いを重ねている。二首のうちのもう一首、第四千二十六首は旋頭歌である。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 当時の越中国は能登の四郡をも管轄しており、家持の巡行は能登半島にまで及んでいる。

 初句「香島より」の香島は能登の港で、現在の石川県七尾市付近とされる。
 二句「熊来をさして」の熊来は能登の地名で、現在の七尾市中島町付近とされる。
 三句「漕ぐ船の」は、漕ぎ進む船の、の意で、上三句が「楫取る間なく」を導く序詞となっている。
 四句「楫取る間なく」は、楫を操る手を休める間もなく、の意で、池主の帰還を喜んだ第三千九百六十一首の「漕ぐ舟の楫取る間なく思ほえし君」と同じ表現である。
 結句「都し思ほゆ」の「し」は強意の副助詞で、都が思われる、の意である。本巻の第四千十九首と同じく、遠い任地から都を恋う心を詠んでいる。

かしま:能登の港の名。現在の七尾市付近
くまき:能登の地名。現在の七尾市中島町付近
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
志雄路から直越え来れば羽咋の海 朝なぎしたり船楫もがも
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妹に逢はず久しくなりぬ饒石川 清き瀬ごとに水占延へてな