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珠洲の海に朝開きして漕ぎ来れば
長浜の浦に月照りにけり

歌の意味
珠洲の海に朝早く船出をして漕いで来ると、長浜の浦に月が照っていることだ。
鑑賞
巻第十七 4029

詞書「珠洲郡より船を発し、太沼郡に還る時に、長浜の湾に泊り、月の光を仰ぎ見て作る歌一首」
 珠洲の海に朝早く船出して漕いで来ると、長浜の浦にはもう月が照っている、と一日の船旅を終えた感慨を詠んだ歌である。天平二十年(748)の春、出挙のために越中の諸郡を巡行した家持が、その時その所で目にしたものを詠んだ歌の一つである。出挙は春に稲を貸し付け、秋の収穫後に利息とともに返させる制度で、国司はそのために管内を巡った。能登半島の先の珠洲から船で帰る途中、長浜の湾に泊まって月の光を仰いだ時の作で、朝の船出から夜の月までの長い船旅を一首に収めている。なお詞書の太沼郡は越中にない郡名で、国府のある射水郡の誤りとする説がある。
 作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
 左注に「右の件の歌詞は、春の出挙によりて諸郡を巡行し、時に当たり所に当たりて属目して作る。大伴宿祢家持」とある。

 初句「珠洲の海に」は能登半島の先端の珠洲郡の海で、字余り(六音)である。
 二句「朝開きして」は、朝早く船出をして、の意である。
 三句「漕ぎ来れば」は、漕いで来ると、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件である。
 四句「長浜の浦に」は長浜の入江で、字余り(八音)である。所在については諸説がある。
 結句「月照りにけり」は、月が照っていることだ、という気づきの詠嘆である。初句から二句の朝と、結句の月の夜とを対照させ、一日の船旅の長さを表している。巻頭近くの第三千八百九十三首の「昨日こそ船出はせしか」が昨日と今日で船旅を捉えたのと同じく、時の隔たりによって旅の距離を感じさせている。

あさびらき:朝、港を船出すること
すず:能登国の郡名。能登半島の先端
作者
大伴家持
出典
万葉集
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妹に逢はず久しくなりぬ饒石川 清き瀬ごとに水占延へてな
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