霍公鳥いとふ時なしあやめぐさ
かづらにせむ日こゆ鳴き渡れ
- 歌の意味
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ほととぎすよ、お前の声をいやだと思う時などない。あやめ草を髪飾りにする日には、ここを通って鳴き渡れ。
- 鑑賞
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巻第十八 4035
詞書は前の歌に続き「天平二十年春三月二十三日、左大臣橘家の使者造酒司令史田辺福麻呂に、守大伴宿禰家持の館にて饗す。ここに新しき歌を作り、并せて便ち古き詠を誦み、各心緒を述ぶ」
ほととぎすの声はいつ聞いても嫌になることはないが、あやめ草を髪飾りにする五月の節句の日には、とりわけここを通って鳴いてほしいと願う歌である。詞書にある「古き詠を誦み」にあたる歌とみられ、宴の座にふさわしい季節の歌を披露したものである。
作者の田辺福麻呂は造酒司の令史で、左大臣橘諸兄の使いとして越中を訪れた。宮廷を讃える長歌を得意とした万葉集後期の歌人である。
巻第十の第千九百五十五首に作者未詳の夏の歌として同じ歌があり、福麻呂が古歌を誦したものと考えられている。左注には「右の四首は田辺史福麻呂」とある。
初句「霍公鳥」ほととぎすへの呼びかけで歌い起こす。本巻ではこの後もほととぎすの歌が多く、福麻呂を迎えた宴の一連でも繰り返し詠まれる。
二句「いとふ時なし」「いとふ」は嫌う、うとましく思うの意。いつ鳴いてもうとましいことはないと言い切り、ここで二句切れとなる。
三句「あやめぐさ」いまのショウブのことで、五月五日の節句に髪飾りとした。
四句「かづらにせむ日」「かづら」は草木や花を輪にして髪に飾るもの。「む」は婉曲の助動詞で、髪飾りにするその日、すなわち五月五日を指す。
結句「こゆ鳴き渡れ」「こゆ」はここを通っての意。命令形で結び、ほととぎすに呼びかける。のちの宴で家持が詠んだ本巻の第四千五十四首にも「霍公鳥こよ鳴き渡れ」とあり、呼びかけの句が呼応している。
あやめぐさ:いまのショウブ。五月五日の節句に髪飾りや薬玉に用いた
かづら:草木の枝や花を輪にして髪に飾ったもの
いとふ:嫌う。うとましく思う
- 作者
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田辺福麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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奈呉の海に潮の早干ばあさりしに 出でむと鶴は今ぞ鳴くなる
- 次の歌
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いかにある布勢の浦ぞもここだくに 君が見せむと我れを留むる