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いかにある布勢の浦ぞもここだくに
君が見せむと我れを留むる

歌の意味
いったいどのような所なのだろうか、布勢の浦は。これほどまでに、あなたが見せようとして私を引き留めるとは。
鑑賞
巻第十八 4036

詞書「時に、明日布勢の水海に遊覧せむと期し、仍りて懐を述べて各作る歌」
 家持がしきりに見せたいと言って引き留める布勢の浦とは、いったいどんな所なのかと問いかける歌である。翌日に布勢の水海へ遊覧する約束ができたことを受け、まだ見ぬ名所への期待をこめて、主人のもてなしに応えている。
 作者の田辺福麻呂は造酒司の令史で、左大臣橘諸兄の使いとして越中を訪れた。宮廷を讃える長歌を得意とした万葉集後期の歌人である。
 左注に「右の一首は田辺史福麻呂」とあり、さらに本巻の第四千四十三首の左注には、この前の十首は二十四日の宴で作ったと記されている。次歌の第四千三十七首は家持がこの問いに答えた歌で、問答の形になっている。

 初句「いかにある」どのようであるかと問う言い方で、一首全体を疑問の調子で始めている。
 二句「布勢の浦ぞも」布勢の浦は、越中国射水郡にあった布勢の水海で、現在の富山県氷見市にあった大きな潟湖である。「ぞも」は疑問の意を強める語で、ここで二句切れとなる。
 三句「ここだくに」これほどまでにの意で、家持の引き留め方の熱心さを強調する。
 四句「君が見せむと」「君」は主人の家持を指す。「む」は意志の助動詞で、私に見せようとしての意である。
 結句「我れを留むる」連体形で結び、いかにも不思議だという余情を残す。引き留められる客の立場から、主人のもてなしの深さをたたえている。

ふせのみづうみ:布勢の水海。越中国射水郡にあった潟湖で、現在の氷見市にあった
とどむ:引き留める
作者
田辺福麻呂
出典
万葉集
前の歌
霍公鳥いとふ時なしあやめぐさ かづらにせむ日こゆ鳴き渡れ
次の歌
乎布の崎漕ぎた廻りひねもすに 見とも飽くべき浦にあらなくに