霍公鳥今鳴かずして明日越えむ
山に鳴くとも験あらめやも
- 歌の意味
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ほととぎすよ、今ここで鳴かないで、私が明日越えて行く山で鳴いたとしても、何の甲斐があろうか。
- 鑑賞
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巻第十八 4052
詞書「掾久米朝臣広縄の館にて、田辺史福麻呂を饗する宴の歌四首」
ほととぎすが今鳴かずに、明日自分が越えて行く山で鳴いたとしても何の甲斐もないと詠む。翌日には越中を発つ福麻呂が、別れの宴でほととぎすの声を聞けないことを惜しみ、この地での最後の時を名残惜しむ気持ちを表している。
作者の田辺福麻呂は造酒司の令史で、左大臣橘諸兄の使いとして越中を訪れた。宮廷を讃える長歌を得意とした万葉集後期の歌人である。
掾の久米広縄の館で開かれた送別の宴の歌で、左注によれば二十六日に作られた。
初句「霍公鳥」ほととぎすへの呼びかけで始める。前日の遊覧の歌に続き、ここでもほととぎすが主題となっている。
二句「今鳴かずして」「今」を強調して、この宴の今こそ鳴いてほしいという気持ちを示す。
三句「明日越えむ」「む」は推量、婉曲の助動詞で、明日自分が越えて行くであろうの意。翌日の旅立ちを示す。
四句「山に鳴くとも」「とも」は逆接仮定で、山で鳴いたとしてもの意。「今」と「明日」、宴の座と旅の山とが対比されている。
結句「験あらめやも」「験」は効果、甲斐の意。「めやも」は反語で、何の甲斐があろうか、いやないの意となる。
しるし:効果。甲斐
- 作者
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田辺福麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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多古の崎木の暗茂に霍公鳥 来鳴き響めばはだ恋ひめやも
- 次の歌
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木の暗になりぬるものを霍公鳥 何か来鳴かぬ君に逢へる時